平成25913

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MBOにおける税務上の留意点について

 

 新聞報道によると、名古屋証券取引所市場第2部に上場している天龍木材(以下、「T社」といいます。)が経営陣による自社買収(MBO)により非上場化される予定で、MBOの一環としてTGC社(T社の経営陣の100%出資会社)がT社株式の公開買付(以下、「本公開買付」といいます。)を実施するとのことです。

今回のトピックスでは、本件をもとにMBOにおける税務上の留意点について検討してみたいと思います。

 

(1) 本公開買付における税務上の留意点 

  公開買付で発行法人が自己株式を取得した場合には、みなし配当が生じます(法人税法2414号)。

ただし、本公開買付は発行法人のT社ではなく別法人のTGC社によるものであり、自己株式の取得に該当せず、みなし配当は生じません。

 

(2) TGC社がT社を完全子会社化するための手法及びその税務上の留意点

  TGC社はT社株式を全て取得することを目的として本公開買付を実施しますが、一般的に公開買付で買付対象会社の株式を全て取得することは困難であると考えられます。  

そこで、本公開買付後にTGC社がT社を完全子会社化するための手法として、全部取得条項付種類株式と株式交換を取り上げ、その概要及びその税務上の留意点について論じてみたいと思います。

 

 イ 全部取得条項付種類株式

   TGC社が本公開買付によりT社の議決権の3分の2以上を取得した場合には、全部取得条項付種類株式の利用によりT社の少数株主を排除し、T社の完全子会社化が可能となります。

まず、T社において定款変更により既存のT社株式に全部取得条項を付し、この全部取得条項付種類株式を取得する際の対価として、TGC社に対しては1株以上の整数株、T社の少数株主に対しては1株未満の端株が割り当てられる比率を設定した他の種類株式を定めておきます(会社法309211号、466条)。

次に、T社は全部取得条項付種類株式をTGC社及びT社の少数株主から取得し、対価として上記で定めた種類株式を交付します(会社法171条、30923号)。

最後に、T社の少数株主が交付を受けた1株未満の端株に相当する株式について端数処理が行われ、T社はTGC社の完全子会社となります。

なお、端数処理とは、発行会社がその株主等に対して交付しなければならない株式の数に1株未満の端数があるときに、その端数の合計数に相当する数の株式の競売若しくは裁判所が許可した競売以外の方法又は発行会社の買取りにより得られた代金を株主等に交付することです(会社法234条)。

  @ TGC社の取扱い

    TGC社は全部取得条項の発動により自己の有するT社株式をT社に譲渡し、その対価として1株以上の種類株式を取得します。交付を受けた株式と譲渡した株式の価額がおおむね同額であり、かつ、株式のみの交付の場合には、みなし配当及び譲渡損益は生じません(法人税法2414号、61条の2133号)。

なお、1株未満の端株に相当する株式の交付も受けている場合には、端数処理により金銭交付を受けますが(会社法234条)、株式の交付を受けたものとして取り扱われます(法人税法基本通達2-3-1)。ただし、その交付された金銭が、その取得の状況その他の事由を総合的に勘案して実質的に株主等に対して支払う全部取得条項付種類株式の取得の対価であると認められるときは、その取得の対価として金銭が交付されたものとして取り扱われますが(法人税法基本通達2-3-1但書)、会社の経営権の100%支配のために行われる全部取得条項付種類株式の取得に伴う端数処理による場合には、この取扱いを受けない旨の解説が国税当局者によりされています(「租税研究」20084月号 P.207)。

1株未満の端株に相当する株式については、端数処理により譲渡損益が生じますが(法人税法61条の21項、法人税基本通達2-3-25)、みなし配当は、端数処理が競売又は裁判所が許可した競売以外の方法により行われた場合には生じませんし、発行法人の買取りにより行われた場合も生じません(法人税法施行令2339号)。

A T社の少数株主の取扱い

    T社の少数株主は全部取得条項の発動により自己の有するT社株式をT社に譲渡し、その対価として1株未満の端株に相当する株式を取得します。端数処理により金銭交付を受けますが(会社法234条)、上記@と同様に株式の交付を受けたものとして取り扱われます(法人税法基本通達2-3-1、所得税法基本通達574-2)。

そして、端数処理により譲渡損益(所得)が生じますが(法人税法61条の21項、租税特別措置法37条の10、法人税基本通達2-3-25、所得税法基本通達574-2)、みなし配当は生じません(法人税法施行令2339号、所得税法施行令6119号)。

  B T

    特に課税関係は生じません。

 

 ロ 株式交換

   TGC社が本公開買付によりT社の議決権の3分の2以上を取得した場合には、特別決議により株式交換を実施することで、残りのT社株式を取得しT社の完全子会社化が可能となります(会社法309212号、767条他)。株式交換により少数株主の排除を行う場合には、その対価は金銭や1株未満の端株に相当する株式となります。

   TGC社が株式交換の対価として金銭交付した場合には、その株式交換は非適格株式交換に該当します(法人税法21216号)。

TGC社が株式交換の対価としてTGC社株式の1株未満の端株に相当する金銭を交付した場合には、TGC社とT社との間には支配関係(50%超の資本関係)があるため、支配関係継続要件(株式交換後もTGC社とT社との間にTGC社による支配関係が継続すること)、従業者継続従事要件(T社の株式交換直前の従業者のうち、その総数のおおむね80%以上に相当する数の者がT社の業務に引き続き従事することが見込まれていること)、事業継続要件(T社の株式交換前に営む主要な事業がT社において引き続き営まれることが見込まれていること)を満たせばその株式交換は適格株式交換に該当します(法人税法21216号ロ、法人税法施行令4条の3151号)。

この場合にその交付された1株未満の端数相当の金銭が、その交付の状況その他の

事由を総合的に勘案して実質的に株主等に対して支払う株式交換の対価であると認められるときは、その株式交換の対価として金銭が交付されたものとして取り扱われますが(法人税法基本通達1-4-2但書)、会社の経営権の100%支配のために行われる株式交換は、前述した全部取得条項付種類株式の取得の場合と同様に、この取扱いを受けないと考えられます。 

  @ TGC社の取扱い

    株式交換により移転を受けたT社株式の取得価額からその株式交換による増加資本金額等を減算した金額が資本金以外の資本金等の額として認識されますが、課税関係は生じません(法人税法施行令8110号)。

    なお、その株式交換が非適格株式交換に該当する場合には、T社株式の取得価額は、その取得の時における取得のために通常要する価額になります(法人税法施行令119126号)。

    また、その株式交換が適格株式交換に該当する場合には、T社株式の取得価額は、T社の少数株主が50人未満のときにはT社の少数株主が有していたT社株式のその適格株式交換直前の帳簿価額に相当する金額の合計額(取得費用がある場合には、その取得費用の額を加算した金額)になり、T社の少数株主が50人以上のときにはT社の簿価純資産価額に相当する金額(取得費用がある場合には、その取得費用の額を加算した金額)になります(法人税法施行令11919号)。

  A T社の少数株主の取扱い

    T社の少数株主が株式交換の対価として金銭交付を受けた場合には、T社株式の譲渡損益(所得)が生じます(法人税法61条の21項、租税特別措置法37条の10)。

    T社の少数株主が株式交換の対価としてTGC社株式の1株未満の端株に相当する株式の交付を受けた場合には、端数処理により金銭が交付され(会社法234条)、T社株式の譲渡損益(所得)が生じます(法人税法61条の21項、租税特別措置法37条の10、法人税基本通達2-3-25、所得税法基本通達574-1)。

    なお、いずれの場合においてもみなし配当は生じません(法人税法施行令2339号、所得税法施行令6119号)。

 B T社の取扱い

    本件の株式交換が非適格株式交換に該当する場合には、時価評価資産の評価損益が認識され、適格株式交換に該当する場合には時価評価の取扱いを受けません(法人税法62条の9)。

 

(3)  T社の完全子会社化後にTGC社とT社が合併した場合の税務上の留意点

   TGC社がT社を完全子会社化した場合には、TGC社はT社の100%持株会社となります。TGC社がT社から受け取る配当金は、その計算期間を通じてTGC社とT社との間に完全支配関係がある場合には、その全額が益金不算入になります(法人税法23条)。

また、TGC社はMBOを実施するための資金として銀行から29億円を上限に借入れを行う予定であり、多額の支払利息が発生し、TGC社において欠損金が生じることが想定され、この欠損金を有効利用する手段としてTGC社とT社との合併が考えられます。

そこで、TGC社を合併法人、T社を被合併法人とする合併を行った場合の欠損金の引継制限及び利用制限について論じてみたいと思います。

   適格合併を行った場合に、合併法人は被合併法人の欠損金を引き継ぎますが(法人税法572項)、その適格合併が、みなし共同事業要件を満たすもの又は5年以上支配関係が継続してから行われたもののいずれにも該当しない場合には、次に掲げる欠損金は引き継がれません(法人税法573項)。

  @ 被合併法人の支配関係事業年度(合併法人と被合併法人との間に最後に支配関係があることとなった日の属する事業年度、以下同じ。)前の各事業年度で前9年内事業年度(適格合併の日前9年以内に開始した各事業年度、Aにおいて同じ。)に該当する事業年度において生じた欠損金

  A 被合併法人の支配関係事業年度以後の各事業年度で前9年内事業年度に該当する事業年度において生じた欠損金のうち特定資産譲渡等損失額に相当する金額から成る部分の金額として一定の金額

また、この場合に、合併法人の保有する欠損金も制限を受け、次に掲げる欠損金は利用できなくなります(法人税法574項)。

  @ 合併法人の支配関係事業年度前の各事業年度で前9年内事業年度(適格合併の日の属する事業年度開始の日前9年以内に開始した各事業年度、Aにおいて同じ。)に該当する事業年度において生じた欠損金

  A 合併法人の支配関係事業年度以後の各事業年度で前9年内事業年度に該当する事業年度において生じた欠損金のうち特定資産譲渡等損失額に相当する金額から成る部分の金額として一定の金額

   本件においては、TGC社とT社との間に完全支配関係があるので、TGC社とT社が金銭交付を伴わない合併をした場合は、その合併は適格合併に該当します(法人税法2128号イ)。

   TGC社とT社が適格合併した場合に、TGC社においては支配関係事業年度以後に支払利息による欠損金が生じる場合には、これは、特定資産譲渡等損失額に相当する金額から成る欠損金ではないのでTGC社の欠損金の全てを利用できます(法人税法574項)。

一方、T社の欠損金のうち、支配関係事業年度前に生じた欠損金及び支配関係事業年度以後に生じた欠損金のうち特定資産譲渡等損失額に相当する金額から成る一定の金額については引継制限を受けると考えられるので、T社の欠損金の全てを引き継ぐ場合には、みなし共同事業要件を満たす適格合併を行うか、あるいは、5年以上支配関係が継続してから適格合併を行う必要があると考えられます(法人税法573項)。

なお、みなし共同事業要件のうち事業関連性要件について、TGC社は持株会社であり、TGC社の事業とT社の事業とが相互に関連するものであるのか疑義が生じますが、持株会社がグループ各社の経営管理業務を行っており持株会社とグループ各社が相まって一つの事業を営んでいる実態にあるような場合には事業関連性要件を満たすという見解が公表されており(国税庁質疑応答例「持株会社と事業会社が合併する場合の事業関連性の判定について」)、TGC社とT社がこのような実態にある場合には、事業関連性要件を満たすものと考えられます(法人税法施行規則3条)。

   

(4) 連結納税を導入した場合の税務上の留意点(補足)

   TGC社とT社が合併しないで、TGC社を連結親法人、T社を連結子法人とする連結納税を導入した場合には、連結グループ内の所得と欠損金を通算でき、TGC社において生じる欠損金を有効利用できると考えられます。ただし、T社を完全子会社化した後直ちに連結納税を導入する場合には、その開始の際に連結子法人T社の時価評価資産の評価損益が認識されると考えられますし(法人税法61条の11)、連結子法人T社の欠損金の利用が制限されると考えられますので(法人税法81条の92項)、注意が必要です。なお、連結納税の詳細については平成25628のトピックスをご覧いただければと思います。

 

(5) まとめ

   MBOの手続きは、公開買付後に買付会社が全部取得条項付種類株式の取得又は株式交換により買付対象会社を完全子会社化し、最後に買付対象会社と合併するという流れになります。組織再編成の実施、全部取得条項付種類株式の利用には税務上の問題が生じることがあるので、事前に綿密な税務戦略を練ることが重要であると考えられます。